Vol.1 上海のゴルフと日本人の関わり

まだ歴史浅い中国ゴルフ
最初は日系から始まった

中国大陸に最初のゴルフコースができたのは1984年のこと。広東省の中山温泉という場所に香港資本のコースがオープンしたのが、中国近代ゴルフのはじまりだとされています。上海では、日本の青木建設の手による「上海カントリークラブ」がいちばん古く、1991年の開業です。つまり、中国ゴルフはたかだか30年足らずの浅い歴史でしかありません。

ところで、「近代ゴルフ」という言い方をしましたが、歴史を紐解けば実は上海にはもっと古い時代にゴルフ場があったという記録が残されています。中華人民共和国成立以前の1916年に、現在の上海動物園の土地にゴルフ場が作られたとされているのです。やがて建国後の1953年に廃業となり、その跡地は上海動物園になっています。

もしこのコースが残されて、ゴルフが途絶えてしまうことがなければ、中国ゴルフは日本と遜色ない経過をたどっていたのかもしれません。日本は戦後の高度経済成長を経てアメリカに次ぐ世界第二位のゴルフマーケットに成長しました。一方中国においては、残念ながらゴルフは一度歴史から葬られ、再び登場するまでにその後30年の空白期間を持たねばならなくなったのです。

そうした過去を経て「復活」した中国のゴルフですが、今と比べて生活環境も整備されていない時代に開業した「上海カントリー」は、日本人駐在員たちにとって待望の遊び場でした。ようやく楽しめるようになったゴルフは、かくして在留邦人たちの稀少な娯楽としてのポジションを確立し、現在に至ります。

その後も、日本資本のコースがいくつか作られることになります。つまり上海のゴルフの発展は、はじめから日本人が深く関わっているのです。日本人がこの国のゴルフ文化を引っぱってきた、というとオーバーでしようが、ローカルの中国人たちにとってゴルフはまだ縁のないものであり、少なくとも日本人を含む外国人の手によって中国ゴルフの礎は築かれてきたと言って差し支えないでしょう。

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クラブユーフォ!管理人・野田道貴
一季出版: 『月刊ゴルフマネジメント』(毎月15日発売)ほか、ゴルフ業界誌や専門書を出版。 http://www.ikki-web.com ※当連載は、一季出版が発行するゴルフ業界誌『月刊ゴルフマネジメント』への寄稿を転載したものです。