(「序章」から読む)
5月のある日。
古北に店を構えて8年、老舗の人気日本料理店である『田野』の1室に関係者数人が集まり、とある料理の試食会が行なわれました。
その日のメニューは以下の通り。
「茶碗蒸し(白身)」
「酢の物(皮)」
「唐揚げ(白身、皮付き)」
「幽庵焼き(白身)」
「煮物(皮付き)」
「串焼き(肝、脂身)」
「鍋 すっぽん仕立て(白身、皮付き)」
「食事(うどん)」。
こう並べてみると、ごく普通の料亭風のメニューですが、これらの料理にはすべて、ある特別な食材が使われていたのです。
その食材とはズバリ、「オオサンショウウオ」でした。
そう、オオサンショウウオは日本では特別天然記念物に指定されており、食べることはおろか、個人での捕獲や飼育すらできない動物です。ここ中国でも特別な動物として保護されているのですが、養殖に限って食用が許されていて、高級食材として知られているようなのです。
この珍しい食材を使った料理に挑戦したのが、試食会会場のオーナー兼料理長である弓田淳一さんです。
本格讃岐うどんで人気の料理店のオーナーである弓田さんはなぜ、わざわざオオサンショウウオを料理しようと思い立ったのか。そこには弓田さんのオオサンショウウオに対する深い想いがありました。当サイトの管理人・野田道貴も参加して舌鼓を打った試食会の翌日、再びお店にうかがい、弓田氏に話をうかがいました。
* * * *
野田 すみません、昨日は日本酒を飲み過ぎました。
今はけっこう辛いです(笑)
弓田 昨日はみなさん、よく飲まれましたからね。
5人で日本酒を2升も空けましたから(笑)
野田 ええ、日本酒が料理にとてもよく合ったものですから、
ついついお酒が進んでしまいました。
弓田 料理は思ったとおりの味に仕上がりましたし、
たしかに日本酒がよく合いましたね。
野田 試食会の前日に、活け締めにされて届いた
オオサンショウウオをさばいていくところから
見させていただきましたが、
もう何度もさばいているかのような
手慣れた感じでした。
でも、オオサンショウウオは初めてなんですよね?
弓田 さばくのは、体を見ればなんとなく分かりますよ。
野田 そんなもんなんですか?
弓田 そんなもんですよ。
手があって足があって、
そうすると、このへんに骨があるだろうとか。
ただ動物というよりかは、
大きな魚をさばくのに近かったですね、感覚的には。
野田 なるほど。たしかに体型的には
アンコウにもちょっと似てますしね。
弓田 今回の食材に使ったのは、
全長80センチくらいのものです。
重さは業者が言うには4キロということだったんですけど、
こちらに届いてから量ってみたら700グラムくらい減っていた。
野田 ええっ? それはまたどういうわけでしょう?
弓田 水分が体内から抜けたからでしょうね。
おそらく水を大量に飲ませてから、
重量を量ったんじゃないかと思います。
こっちではそういうことがよくありますから(笑)
野田 そんな水で重さをごまかされたりしたら
たまらないですよね……
キロあたりの値段がかなりお高い食材だと
聞きましたが……
弓田 そうですね。
このへんは、これから仕入れ業者と
交渉しないといけないところです。
野田 しかも、それをさばいていくと、
食材として使える部分はさらに少なくなっていく……。
弓田 ええ、内蔵や骨を取ったりしたら、
結局使えるところは2.6キロくらいになってしまいました。
野田 そういえば、あれだけ丸々とした体なのに、
脂身がほとんどなかったですよね。
弓田 胴体の部分に脂身は少ないですね。
脂がのっているのは尻尾の部分。
ここは皮をはぐと黄色い脂身が出てくる。
尻尾の部分はこの脂身がほとんどです。
野田 で、調理方法はどのように考えられたのですか?
弓田 最初に養殖所で試食させてもらったんです。
もちろんその料理は中華だったんですが、
一目見た瞬間、料理の技法は頭に浮かびました。
これはすっぽんのやり方でイケる、と。
野田 その中華風オオサンショウウオはおいしかったんですか?
弓田 それは、まあ……(笑)
ただ、明らかに和の技法の方がおいしくなるとは思いました。
すっぽんは日本では扱っていましたから、
イメージはすぐに浮かんだんですよ。
ただ、臭みを取る手間は、
すっぽんに比べたらずっと楽でしたね。
オオサンショウウオには、
動物的な臭みが意外と少なかったので。
* * * *
さばかれる前のオオサンショウウオは、人によっては少しグロテスクに映るかもしれません。あるいは、その愛嬌のある顔立ちから食べるのがためらわれるという人もいるかもしれません。
しかしそのインパクトのある外形とは裏腹に、実際に口にしたオオサンショウウオは、確かにすっぽんのような旨みを持ちながらもクセのない、澄んだ味わいでした。和の職人としての弓田さん長年の経験から、最初に養殖所で試食をさせてもらった瞬間、すっぽんの技法でオオサンショウウオを調理したら絶対に素晴らしい味になるとひらめいたそうです。
ところで弓田さんは、いったいなぜオオサンショウウオの料理を作ろうと思ったのでしょうか。
次回はそのあたりについて話を進めていきます。
▶その② 水槽のオオサンショウウオをずっと見つめながら「ああ、食いたいなあ、と」
(取材・文/大室衛)