スタンダードなクラブに自分を合わせる

クラブに細工をほどこすのが当たり前だった時代。「鉛を貼ったり穴を開けたりしたからといって、どれほどショットに影響を及ぼすのか。その違いがはっきり分からないのなら単なる気安めにすぎない」。中部はそういって、細工をしなかった。

父から兄を経て回ってきた名器「マグレガー・ターニー」は、中部にオーソドックスな道具の素晴らしさを教えた。「自分にクラブを合わせるのではなく、クラブに自分のほうを合わせる。そうしておかないと客観的基準がつかめなくなる」というのが中部のクラブ観だった。自分のコンディションは刻一刻と変化しても、クラブは変化しない。スタンダードなクラブを選んでおけば、それが客観的基準になる。ミスショットもナイスショットも、その原因はクラブではなく自分にあるのだと明快に整理することができる。

中国は変わったが、人も変わったか?

改革開放から30年、経済成長と共に凄まじい変化を遂げている中国。インフラの整備やソフトパワーの増大にともない、進出企業の目的も変化してきました。安価な労働力を求めての「生産拠点」から、急拡大を遂げる「市場」としての中国へ。ビジネスにおけるハードも整備されつつあります。急激な経済成長は、中国人の生活や環境そのものにも大きな変化をもたらしました。さまざまな情報統制があるとはいえ、インターネット上にはさまざまな報道や知見があふれ、価値観も一層多様化してきています。ビジネスの「ハード」面は整備された一方で、ソフト、つまり「人」の部分は成長の過程にあるといわれています。激変する中国において、企業で働く中国人社員の考え方はどのように変化しているのでしょうか?
キャリアアップのために転職を繰り返す、賃金の上昇に対する飽くなき欲求、就社ではなく就職という感覚など、中国人に見られる強い上昇志向は、私が上海に来た17年前と実はそれほど変わっていません。個人主義で合理的、実利的であることを貫こうとする中国人。これが中国人ビジネスマンの完成形なのかは分かりませんが、古式ゆかしい日本的な「サラリーマン」の姿とは大分違うことは確かです。

溢れる情報に混乱していないか?

かたや日系企業はどうでしょうか? 冒頭で環境の変化について述べましたが、中国における日系企業の目標に変化はないはずです。本社の理念にあわせ、中国における事業戦略を達成すること。これに尽きます。 つまり、急速に変化する中国においても、日系企業の姿勢と中国人の気質、そのどちらにも変化はないわけです。
中国が市場として注目を浴びることによって、先人の知恵やノウハウを含め、巷には中国ビジネスに関する文献や書籍が溢れています。面子を大事にしなければいけない。ひるんではいけない。大勢の前で叱責してはいけない等々、さまざまなノウハウが書かれています。 しかし情報過多になることで、混乱をきたしていないでしょうか? 異文化であることに加え、何もかもが変化しているような認識を持ち、不必要にハードルを上げてしまってはいないでしょうか? 中国という異国の中でリーダーシップを発揮するために必要なのは、小手先のテクニックやスキルではありません。人間性を含めたあなた自身であり、まずは「人」として尊重され、信頼を得ることが第一歩なのです。

駐在員は何をすべきか?

より豊富な情報が逆にアダとなり、余計な先入観を持って中国人社員に対峙していないでしょうか?まずはそのレッテルを剥ぎ、バイアスをかけない状態で彼らと向き合ってみる。そうしなければ信頼関係は生まれようがないし、達成目標に向かって共に戦う仲間にはなりません。そのうえで、自分の持っている「スタンダードな道具」、つまりビジネスにおける基本的な感覚を貫くことが必要です。
文化的なギャップに振り回されずに、自分が日本で培ってきた基本的なビジネス感覚に沿って事業を組み立てる。そういった一貫した態度は、中国であっても当たり前に必要なことです。基準となるのは、あくまであなた自身の中にある「ベーシック」。それを捨てテクニックに走っては、本末転倒だということを忘れずにおきたいものです。

参考文献:中部銀次郎 ゴルフの心(杉山通敬著・日経ビジネス人文庫)

中部銀次郎とは:前人未踏・日本アマ6回優勝という金字塔を打ち立て「プロより強い」と評されながらも生涯アマチュアを貫き通した伝説のゴルファー。その徹底したアマチュアイズムとストイックな姿勢には、多くの教訓が今も残る。2001年没。

金鋭(きん・えい)/ 英創アンカーコンサルティング総経理
1989年リクルート入社後、一貫してヒューマンリソースビジネスに従事。1999年、インテリジェンス中国の前身である上海創価諮詢に経営参画。日本育ちの華僑3世。