できないことはやらない

正直なところ、競技生活を送っていたころもそれ以後も、わたしのショットは自分で思うところに打てていたわけではない。が、自分にできることとできないことは、厳しく分けていた。

できないことはやらない。

したがって、グリーンを狙うショットでは、ピンを狙うことは避け、いつもグリーンの中央をターゲットにしていた。考えれば誰にでもわかることだが、ピンがどこに切ってあってもグリーンの中央は一番ピンに近いからである。

くわえて、グリーンの中央を狙ったショットは、仮に左右にぶれてもグリーンに残る。それがピンを直接狙ったショットだったら、ブレる方向次第ではグリーンから外れてしまうではないか。

ボールがグリーン上に残っていれば、たとえ多少遠くとも、パーで上がれる確率は高い。グリーンを外せば、当然、パーの確率は低くなる。いいスコアで上がるためには確率第一なのである。

まず「やるべき」から始まってしまう

「できるかできないかは、やってみないと分からない」「やる前からできないと決め付けるな」。
 
優秀なビジネスマンの条件として、「旺盛なチャレンジ精神」というものがあると思います。中国へ駐在に来られるのは、社内の生存競争を生き抜いてきた方々ばかりですから「まずはやってみる」というようなことばを胸に秘めておられることでしょう。でもそれが、もしかしたら駐在員を苦しめる元凶になっているかもしれません。日々の業務をこなすことに精一杯なままあっという間に任期が過ぎ、何もかもが中途半端なまま帰国する。今までお会いした沢山の駐在員から、そんな悩みを聞いてきました。

どうして欲張ってしまうのか?

なぜ、中途半端なまま任期を終えるような事態に陥るのでしょうか? その要因は実にシンプル。いろいろなことをやらなければならない状態に、自ら陥っているからです。

日系企業の駐在員の方々に典型的な、ひとつの特徴があります。それは「明確なミッションを持たされないまま着任した」ということです。目の前あるのは、苛烈な中国市場を勝ち抜くという、大まかなミッションだけ。そこではチャレンジ精神が「何でもやらなくては」という圧力として作用し、自分の立ち位置を把握しないままに闇雲に手を広げてしまうという結果を招きかねないのです。

できないことはやらない

駐在員の方々は、短期的視点と長期的視点という時に相反する条件を同時に持ちながら、多大な情報を瞬時に判断する複雑な業務の遂行を日々迫られています。それをやりぬくためには「自分がどういうミッションを持って送り込まれ、そのために今、何ができるのか」を明確にしなくてはなりません。そうすれば、プロジェクトを大きく広げてしまう前に、固めるべき足元がどこにあるのか見えてきます。

たとえば「人」を通じて事業を推進するのは企業運営の基本です。その時に事業戦略から組織や人事を考えることも当然必要ですが、何より現地社員の信頼を勝ち取るという地道なアプローチが重要なことを見落としてはいけません。中国人はドライで合理的と言われますが、実は「この会社のため」ではなく「この人のため」に動くもの。情を大切にする文化を持つのです。そのために、まずは日本人駐在員が中国人を理解し歩み寄ること、社員ひとりひとりと強く繋がることに時間と労力を割くことが、ミッションを達成する一番の近道でもあるのです。

人として身内の信頼を勝ち取り、上司として尊重される立場をまず築くこと。それを疎かにして、最大のミッションは遂行できません。そのためには「できないことはやらない」「今すべきことを完璧に行う」という発想の転換をしましょう。そうすれば、自ずとすべての言動にも魂が入り、社員一丸となってミッションに向かうための基礎を作ることができるはずです。

駐在期間を中途半端に終わらせないために必要なこと、それは「やるべき課題を絞り込んで集中する」の一点に尽きるのかもしれません。

参考文献:悠々として急げ(中部銀次郎著・ちくま文庫)

中部銀次郎とは:前人未踏・日本アマ6回優勝という金字塔を打ち立て「プロより強い」と評されながらも生涯アマチュアを貫き通した伝説のゴルファー。その徹底したアマチュアイズムとストイックな姿勢には、多くの教訓が今も残る。2001年没。

金鋭(きん・えい)/英創アンカーコンサルティン グ総経理
1989年リクルート入社後、一貫してヒューマンリソースビジネスに従事。1999 年、インテリジェンス中国の前身である上海創価諮詢に経営参画。日本育ちの華僑3世。