余計なことは「言わない」「しない」「考えない」

「日本オープン」の試合をコース上で定点観測していた中部銀次郎。ショートアイアンで打てるパー3ホール、プロであればさほど難しくないショットのはずなのに、ミスをする選手が続出する。それはなぜか。 光の具合や風向き、先に打った人の結果……。感覚的な情報に惑わされて、中部にはみんなが自分を見失っているように見える。自分の中で一つ決めた、ぶれないポイントを持ち、常にそれだけをチェックすべきだと中部は言う。自分なりにいちばん大切なことに絞ってそれだけを確認すれば、余計な動作をせずに済み、結果としてひとつのショットに集中できるはず。それが、「いい間合い」を作り、「いい雰囲気」につながっていく……。

 

ゴルフトゥデイ上海の読者の皆さん、はじめまして。インテリジェンスアンカーコンサルティングの金鋭です。縁あって、これからしばらくの間、こちらで連載をさせていただくことになりました。 ところで私、実はゴルフをしません。それなのに、なぜゴルフ雑誌に連載することになったのか。まずはそこからお話をはじめます。

中部銀次郎氏との、偶然の出会い

いまや上海もすっかり便利になりましたが、本だけはなかなか手に入りにくいもの。そこで帰国した際には、必ず書店に立ち寄るのが私の習慣です。先日も、いつものように成田空港の書店で最後の物色をしていたところ、赤い表紙の文庫本がふと目にとまり、手に取ったのが中部銀次郎氏を題材としたコミックでした。その時点では、私は中部さんの名前すら知りません。それが、何気なくページをめくって驚きました。ゴルフをしない私が、中部さんの言葉の数々に一瞬で心を打たれのです。中部銀次郎とは一体どんな人なんだろうと、興味を覚えて即レジへ。上海に戻る機上、夢中で読みふけりました。プロフィールを見れば、私の母校である甲南大学のご出身ではないですか!以来、すっかり「にわか中部ファン」となったのでした。ゴルフをしない私が中部さんのことばに心惹かれたのは、彼のゴルフに対する姿勢が、ビジネスに相通ずるものがあると思ったからです。そこで、「中部語録」をひもときながら、中国における人事労務をテーマに、日系企業の総経理に向けてコラムを書いてみたいと思うに至ったわけです。

わずか3年、限られた時間との戦い

中国に総経理として赴任される場合、任期は3年程度という方が大多数です。異国である中国で、経営者として事業を行うのは大変なこと。環境に慣れるのに1年、信頼を得るのに1年。なんとか自分の色を出せるようになった3年目、ようやくいろいろなことがわかり始めたころには、想いを残しながら帰任というケースも多々あるでしょう。そう、中国での時間は非常に限られているのです。総経理の仕事は、本社の理念に基づいて中国における事業計画を現地の社員とともに達成することです。その前提で、自分が中国に来た目的や役割、得るべき成果を、まずはじっくり考えてみるべきでしょう。

自社の発展のために何ができるか

事業はなかなか思うようには進まないものです。「日本ではこうだ」「中国だから」「中国人は」と、言い訳にしたくなる言葉は多々あるでしょう。そんなとき、立ち返るべきは「現地法人におけるミッションは何か」「どうすれば現地社員とともに達成できるのか」ということに尽きます。そこに向けて、愚直かつ誠実に突き進むべきです。  中国人社員に自分はどう見られているか。本社からの評価はどうなのか。周りを見れば気になることだらけ。でも、現地法人のトップとして円滑に事業を遂行するためには、ボスとして「いかに仕事を真剣にしているのか」を見せ、現地スタッフからの信頼を勝ち得るしかないのです。余計な時間は一瞬たりともありません。ポイントはただひとつ、自社の中国事業を発展させること。そのために、現地で何をやりきるか。中国での総経理経験を、己の修練の場と定め、頑張り抜く。中部さんも言っているように、余計なことは、「いわない」「しない」「考えない」。周囲の雑多な情報にとらわれず、自分自身を見つめるときだと心得て。

 

参考文献:中部銀次郎 ゴルフの心(杉山通敬著・日経ビジネス人文庫)

中部銀次郎とは:前人未踏・日本アマ6回優勝という金字塔を打ち立て「プロより強い」と評されながらも生涯アマチュアを貫き通した伝説のゴルファー。その徹底したアマチュアイズムとストイックな姿勢には、多くの教訓が今も残る。2001年没。

 

金鋭(きん・えい)/ 英創アンカーコンサルティング総経理
1989年リクルート入社後、一貫してヒューマンリソースビジネスに従事。1999年、インテリジェンス中国の前身である上海創価諮詢に経営参画。日本育ちの華僑3世。