第9回『ゴールデンタイム』

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本気のERは韓国にあった!超優良メディカルドラマ登場

最近YouTubeで「韓国でフリーハグしてみた」という動画を見ました。それが泣ける動画としていろんなところでシェアされてますが、ほんとにね、「隣国と友好関係にある=戦争にならない、助け合える」というのがどれだけ大切なことかもうちょっとよく考えて、ヘイトスピーチとかに煽られる前に、心の中でフリーハグをしようではありませんか。韓流ドラマファンはそういう意味では、友好外交の先陣にいるわけです。とやたら上から目線で2012年放送の韓国ドラマ『ゴールデンタイム』(全23回)をご紹介します。

 

「ERに恋愛はいらない」という偉業

『ゴールデンタイム』というと放送用語を思い浮かべますが、今回の場合は「重症外傷患者の生死を分ける1時間」のこと。つまり、ERを舞台にしたあの、「いそげー!」「心停止!」「気道確保できません!」「ここで切るぞ!!」とか、ああいう感じの手に汗握るドラマなのです。

「専門医療の壁」が立ちはだかる大学病院の救急外来で、重症外傷外科の看板をたった一人で守ってきた熱血医師がいて、しかし救命のためなら各専門分野の医師たちのメンツを丸潰しにするので嫌われていて、救命医療が生む膨大な赤字という意味でも彼は病院のお荷物になっている。そんな四面楚歌な状態で孤軍奮闘する医師の葛藤と、彼を慕う医療ドラマオタクなダメインターンの成長を描く物語である。かっこいいじゃありませんか。どこにも恋愛の入る余地はありません。それでも無理やり入れてくるのが韓流ドラマ、のはずですがしかし!今回は本当に出てきませんでした!!

韓流ドラマでは、恋愛要素には愛の挿入歌がバンバン入るのがお約束なのですが、後半おっさん患者と医者のシーンなのにやおら「サランへ~サランヘ~」(愛してるの意)と入り始めたときは「え、そういう展開!?」と驚愕し、それからあらゆるシーンにサランへが乗っかってくるのでその度に胃をキリキリさせ、からくもラストまで恋愛なしで乗り切った時には画面の前でガッツポーズを決めてしまいました。すごい「やりきった」感です。

何故恋愛が入らなかったことが偉業なのか?これは「恋」を許すと他の韓流要素(貧富の差、出生の秘密、記憶喪失など)も一緒に雪崩れ込んでくるからで、すると結局はどんなドラマも同じような話になってしまうのです。こっちは重症外傷外科の話が見たいんであって、「最悪の相性だったはずの医師同士がいつしか惹かれ合い」なんて話はどうでもいいわけです。しかし激務に追われる若い医師たちがあらゆる隙をついて物陰でパコパコはじめるのはアメリカのドラマですらよく見かけるわけで、そんななかどんな状況でも恋愛必須の韓流ドラマがよくぞ最後まで耐えた。これは「最後までテーマに忠実であった」と同時に「ストーリーに独創性があった」ということであります。厳密に言えば韓国版『白い巨塔』がその先陣なのですが、純粋な韓国産医療ドラマとしては初といえるレベルの偉業です。

しかもこのドラマ、天才医師が奇跡を起こす類の場面もないのです。心停止を起こすような重症患者なので、救命に成功しても意識は戻らずいつ死ぬか分からない状態が延々と続きます。「さっき華麗に助けたはずの患者はどうなったんだろう?」と思っていると、何話も後になって「まだ包帯ぐるぐる巻きしかも多臓器不全!?」とか、そういうとこまでリアルなのです。やたら本格派。主人公も番組中「アメリカのドラマみたい」と言ったりするんですが、ほんとにアメリカのドラマみたい。しかしそこでふと思うのです。

恋も、憎しみも、カタルシスもない。じゃあ、これって韓流ドラマで観る価値あるのでしょうか?

 

見どころは「血」

結論からいうと、観る価値十分あります。それは『ゴールデンタイム』の”ERを扱う医療ドラマ”という要素が、韓国映画での「見事な血さばき」という技術にぴったり合っているからです。

2000年代に入ってからの韓国映画における血のリアルさは目を見張るものがあるのですが、特に近年人気作がアクション映画に集まっているせいもあって、血を扱う才能にますます磨きがかかっているのです。そのなかにあってもこの『ゴールデンタイム』はすごい。私はこのドラマで、「内臓破裂しているような人のお腹は血でパンパン」という、言われてみれば当たり前の事実を初めて知りました。なので、せーので一気にお腹を切ったあとはひたすら「早く早く早くーー!!」です。吸引なんかじゃおっつきません。溢れる血を掻きだして、早く止血しないと死んでしまう。当然ながら、血まみれです。ひどい時には、海で恋人同士がキャッキャやってる勢いです。日本じゃ地上波でここまで出せない、いや日本人にはここまで手術シーンで血を見せるなんて思いつけないでしょう。しかもこのドラマは、血の量もさることながら質(表現)も素晴らしい。血出しときゃいいだろ的なぞんざいな手術シーンではなく、やたら短いカットをつなげていくことで臨場感を盛り上げるなんて小憎らしい技も使ったりしてすごい緊迫感です。もはや感嘆のため息しか出てこないのです。

ERの臨場感もなかなかのものでした。第1話で重症患者が一気に30人運ばれてくるシーンはなぜだか『トランスフォーマー』が車から組みかわるシーンを思い出しました。つまりそのくらいの迫力だったのですが、はたで見て「アメリカのドラマみたいだぁ」と呑気に言ってた主人公も、次の回ではチームの一員に。晴れて緊急手術の洗礼を受けたその日の夜、血が固まってドロドロの足を満足気に写真に収めて「今日は洗わずこのまま寝るんだ♪」なんて舞い上がっちゃってたりして、そういう不思議におちゃめな息抜きのさせ方にも感心させられました。

※余談ですが、韓国映画の血さばきの実力を体感したい方は、『悲しき獣』『ビー・デビル』『悪魔を見た』あたりにチャレンジされることをオススメします。スプラッタとは違う品の良い血しぶきをご覧になれることうけあいです。カルト映画好きな方には『地球を守れ』もオススメです。

 

おっさん俳優二人の健闘

『ゴールデンタイム』の形式上の主役はインターンの男女二人なのですが、実際には師匠の医師と男性インターンが主人公。その男性インターンは「医師免許は持っているけど実際の診察は一切せず漢方医院に席をおいて半分遊んで暮らしていた」という設定なので、ちょっと通常のインターンよりお兄さんなのですが、にしても演じたのが当時37歳のイ・ソンギュン。20代の俳優にまざると、さすがにおっさんすぎます。ですがそんな見た目をものともせず、常にテンパり気味な癖にすぐ調子に乗っちゃう腰の落ち着かないキャラを見事に演じました。

彼に救命救急のいろはを教える師匠を演じたイ・ソンミンは当時44歳。おっさん二人だと花はありませんけど、そこは演技力の妙。奇妙な癒し系ほのぼのムードを醸しだして、男女のペアより逆にいい感じでした。

イ・ソンミンはドラマを成功に導いた最大の功労者でもあります。彼が野戦病院ばりに荒々しく手術台で血しぶきをあげるだけで息をするのも忘れるくらいの迫力でした。この方なんとデビューが34歳。妻子を引き連れてソウルに上京し、小劇場から這い上がってきた超遅咲きの俳優で、2012年は血まみれ重症外傷外科医のほかに、出世しか頭にない姑息な医師現代韓国の悩める国王と、全く違うタイプの役3つを見事にこなしてスターダムを駆け上りました。ヅラなのか植毛なのか、やたら不安を掻き立てる頭髪をお持ちなのですが、今回は生え際なしということで不安も解消。安心して観ていられました。

後半勝手に恋愛要素を盛り込もうとしたとかで脚本家から猛バッシングを食らったのですが、イ・ソンミンさん、確かにもしあなたが手下の看護婦といい仲にでもなろうもんなら「このやろう、みんな我慢してんのにさかりやがって!!」と暴れるところでした(ご本人、初主演級のせいか「やっぱり恋愛は入れたかったなあ」とインタビューで語ってらっしゃいました。アブネエ)。

しかし意味なく入ってきたサランへソングといい、どれだけ恋愛好きなんだ韓国人は、ということですね。我々淡白な日本人は若干理解に苦しみますわ。おしまい。

松下祥子@猫手舎
WEB専業コピーライター兼ライター。大手検索サイトでのWEBマガジン立ち上げを経て独立、ポータルサイトでのコミックレビューコンテンツをはじめ、WEBサービスや広告にこまごまと参加。得意分野は映画、ドラマ、本、旅行、オカルト、動物、昼寝などなど。