第4回『パリの恋人』

韓流マジック最高難易度&王道ドラマでワクテカしよう

さて今週お送りするのは2004年放送の韓国ドラマ『パリの恋人』。全然パリっぽくない出演陣と街並みでとっつきづらいですが、これが究極の韓流マジックを体験できるかもしれないスゴイ奴なのです。食わず嫌いせずがんばりましょう。

 

いわゆる「韓流」の生い立ち
『パリの恋人』を語る上で第一に重要なのは、韓流の歴史におけるこのドラマの立ち位置です。なので、まず韓国の映像コンテンツの変遷についてさっくりお勉強しましょう。

韓国コンテンツとして最初に花開いたのは映画でした。『猟奇的な彼女』『JSA』『ブラザーフット』といった映画をご存知の方もいるかと思いますが、1999年のアクション映画『シュリ』を機に始まった韓国映画の世界進出は、『オールドボーイ』など5作品が立て続けに三大映画祭(カンヌ・ベルリン・ベネツィア)各賞を受賞したことで世界に名を轟かすことになりました。これが韓国映画の「ニューウェーブ」で、以降の作品はストーリーの質・絵ともに劇的な変化を遂げたのです。特にアクション映画の絵作りに関しては、ハリウッドと肩を並べる質に辿り着いた唯一の国と言えます。

さて、ドラマの方はどうでしょう?日本での韓流ブームの元祖といえば、ご存知『冬のソナタ』です。本国で放送されたのは2002年前後なのですが、当時の韓国ドラマはメロドラマやグチャグチャの愛憎劇がメインで、日本で放映された作品も、ドラマとしては「前史」にあたるものばかりでした。しかし日本中の奥さんがヨン様巻きに見惚れていたちょうどその頃、本国ではドラマのニューウェイブが誕生しようとしていました。それが「ラブコメ」です。

今回ご紹介する『パリの恋人』は、『フルハウス』とともに2004年に産声をあげたラブコメの記録的ヒット作品です。映画で培われた上質の絵作りがドラマに活かされるのはさらに後のことですが、ストーリーはラブコメを皮切りにさまざな発展を遂げていくのです。さっくりのはずが、泥酔したおっさんの政治批判ぐらい長くなりました。申し訳ありません。

 

これが韓流ラブコメだ!
ラブコメが何故「ニューウェイブ」だったのか?それは韓流定石だったドロドロの「悲恋」から「明るい恋」へ、視聴者の関心を変えたことです。主人公の女性は等身大の快活な女子になり、どんなひどい目に遭っても前向きに切り抜けていきます。そこには涙はあっても憎しみはなく、打たれ強くさわやかな主人公=視聴者という新しい投影を可能にしました。

『パリの恋人』は韓流ラブコメの描く格差恋愛のお手本のようなプロットを持っています。
1.男は財閥御曹司でイケメンの高学歴だけど、傲慢で冷徹。
2.女は貧乏で低学歴、容姿もパッとしないけど雑草のように強く明るい。
3.そんな二人が最悪の出会い
4.同居、同じ仕事、契約恋愛、契約結婚
5.御曹司が雑草相手に「初恋」
6.財閥家族あげての反対、第二の男女(金持ち)からの横恋慕
7.出生の秘密、記憶喪失、交通事故、失明、不治の病
8.別れ
9.ハッピーエンド

これが『パリの恋人』だ!と言ってるわけではありませんが、大体この通りです。パリの恋人というぐらいだから1と2がパリで3をするわけです(9に関しては、見る方のためにぼやかしておきます)。

この流れはその後も様々な変形を持ちつつ脈々と受け継がれ、パリ恋から10年経った今でも、財閥御曹司と貧乏だけど明るい女子が出てきた続きは3から9に向けて進んでいくのです。キモは5で両思いになった後、6から8まででどれだけ主人公たちをいじめ抜くか、泣かせるか。ストーリーの前半は笑い攻めで後半は洪水が必須なのです。韓国の女優は笑顔のままで滝の涙を流せるぐらいじゃないと主演はつとまりません。

このドラマが出世作となった脚本家のキム・ウンスクは、韓国でも別格クラスのトップ脚本家です。驚異的なヒットとなったパリ恋と『シークレットガーデン』(2010年)は、上記のプロットにほぼ忠実に作られたもので、年代を跨いだ二つがともに記録的ヒット作品であることを見ても、キム・ウンスクの作ったラブコメのお約束がどれほど韓国で愛されているかが分かるというものです。

 

「飾らないヒロイン」の誕生
ラブコメがニューウェーブたる所以のひとつに「等身大の主人公」を上げましたが、これは美しさを至上としてきた韓国ドラマのヒロイン像に大きな風穴をあけるものでした。

ラブコメ黎明期を代表する3つのビッグヒットドラマを見ても、『パリ恋』の主人公テヨンは(ドラマの言葉を借りると)「顔が長くて背も高くなくて鼻の穴が大きい」女子であり、同年ヒットの『フルハウス』のヒロインは「チビ(これは韓国においては決定的なダメ要素)」、翌年の『私の名前はキム・サムスン』は「年をとったデブ」です。皆揃って家柄が悪く学もなく、3つのうち2つのヒロインは両親ともに死別。韓国において勝ち組の必須条件であるものを何一つ持っていないのです。

キム・ウンスクが創り出した「ラブコメのお約束」のなかにも、韓流の定番である「上流社会と下流社会の完全な断絶」がしっかりと反映されているのですが、ラブコメが熱狂的に愛された理由には、絶対に打ち砕けないはずの大きな壁を、等身大のヒロインが個性という魅力だけで上流社会の頂点にいる者(御曹司)に壊させる点にあると私は思います。ドラマニア第2回「ブレイン」のレビューでも取り上げた「恨(はん)」を打ち砕くのが「普通の女の子」の魅力だったというのは、ドロドロした悲恋ばかりを観てきた視聴者にとっては衝撃的だったでしょう。

奇跡の韓流マジック!
さて、最後にこのドラマ最大の見どころをお伝えしましょう。それは王子様である御曹司ハン・ギジュ!難易度の高い王子です。日本人視聴者にとって最高に挑戦的です。ドラマで王子様役を演じる韓流スターの必須条件は高身長、細い顎、高い鼻なのですが、ほぼその正反対を行っているハン・ギジュに果たして自分がオチるかどうか?これは、顔全体が極めて不自然な老け顔テヨンを「ナチュラルな女の子」と受け取れるかどうかより高いハードルです。が、パク・シニャン演じるハン・ギジュは、そびえ立つ王子の壁を悠々と飛び越える奇跡のハイジャンパーなのです。

正直このドラマは、よくパリをこれだけダサく撮れたなというくらいパリを台無しにしており、パク・シニャンとキム・ジョンウンのハイレベルすぎる容姿におぼつかないフランス語台詞も手伝って、第一話での脱落率が相当高いのも事実です。が、早まっちゃいけません。勝負は第二話から。段々と「男は見た目じゃない。身のこなしの美しさと品の良さだ」と思っている自分に気づき、クラクラするくらいクサい台詞やキザな動きをものすごく自然かつ繊細にやってのけるギジュが、あれ?なんかかっこよく見えてきた、声がすてき、てか見た目以外全部ス・テ・キ!と、声なき声で絶唱しはじめたら運の尽き。あとは韓流ジェットコースターに乗せられてときめいたり泣いたりしながらラストまで突っ走るのみです。

ギジュが着こなす独特の韓国ファッションも見逃せません。ショッキングピンクのシャツ、ストライプonストライプonストライプなスーツの合わせ方。何回巻いたか分からないぐらいノットが太くぐしゃぐしゃなギジュネクタイも必見です。お母さんのスカーフみたいな花柄がついてたりします。あらゆるハードルを超えても落としにくる韓流王子のミラクルパワーで、世界を席巻する韓流ドラマの底力を実感できる、それがこのドラマの何よりのお楽しみポイントなのです。

繰り返します。一話目で落胆してはいけません。二話目でダメなら三話でも、とにかく信じて見続ければ韓流王子の神はいつか微笑みます。それでダメなら…大丈夫。これは最難関ドラマですから、もっと初心者向けのラブコメをそのうちご紹介します。それまで昼寝でもして待っていてください。

松下祥子(猫手舎)
WEB専業コピーライター兼ライター。幼少時からテレビを友達として育つ。韓国文化ファン歴は11年。得意分野はテレビ番組、旅行、映画、書評、宗教、オカルト、動物。