第37回『昨夜のカレー、明日のパン』

『知らない』から七年後の世界

木皿泉のドラマの特徴のひとつに「名言が多い」というのがあります。台詞のなかで、独白のなかで、さらっと流れていく会話ではなく妙に要約した、うまいこと言う台詞が多い。

この「説明」がね、映画や小説だったら致命的です。周辺から、会話から、砂を撒くように、全体像を見せていくのが優れた創作作品であり、「説明的である」という評価は「クズだ」と言われているも同然です。

しかしこれ、ドラマにおいては全く違う意味を持つのですね。連続ドラマは長いので、視聴者が忘れてしまわないように、何度も「名言」として説明するのは物語運びの大変有効な手段です。木皿作品は描こうとすることが常に繊細で微妙であるため、ある程度説明がないと視聴者がついてこれなくなる。しかもどれだけ説明的にしても、作品世界が繊細なので、簡単には掴めず遠巻きにあぶり出す構成になる。見事です。

説明といえば。私がこのドラマに対して持っている唯一の不満は、主題歌がプリプリの『M』であることです。個人的に恨みはないですがなんかアレですし、いくら名言が多い木皿作品でも『M』はさすがに説明的(ダサ)すぎるんじゃないかと。やはり私は一樹を演じた星野源ちゃんの名曲『知らない』がよかった。ファンの皆さんお待たせしました。源ちゃんタイムの始まりです!

源ちゃん作品には「死」が出てくることが多いのですが、彼が作中で死を多く扱う理由は「絶望からでなければ希望は描けない」という思いからだそうで、この歌は「今鼓動が止まった、まだ闇の中を歩いてる君」という絶望のどん底の歌です。『昨夜のカレー』でいうと、第一話のインスタントラーメンのシーンですよ。

で、歌の冒頭

灯り消えて気づく光 ただ夜の中に

これって、病院からの帰り道にパン屋を見つける情景そのものじゃないですか。そのシーンで出てくる「こんなに悲しくても幸せな気持ちになれる瞬間がある」という台詞にも通じるものがあります。

また、

終わりその先に 遠くつづく知らない景色
終わりその先に 長くのびるしぶとい景色
物語つづく 絶望を連れて
海からそっと朝焼ける 今日が来る 涙焦がすように

この辺の歌詞は、「みんなが慣れていくのに自分だけが取り残されて。それでも生きていく」という台詞にもなった、ドラマ前半の心象風景と大きく重なります。

寂しいのは 生きていても死んでいても 同じことさ

この簡単には出てこなさそうな発想は、ドラマにおける「生きている人、これからも生きていく人、あちらへ行った人の物語」という、死とは世界をパラレルにするものであって決して断絶ではないという、再生へ向かう世界観へとつながっていきます。

「私たち、住んでる場所が違っちゃったんだね。私は生きている方にいて、そこから出ることができないの」

一樹への想いに区切りをつける時のテツコの台詞へのアンサー、または、この歌詞へのアンサーが最終話のエピローグ、ととれるぐらいに、なんかこう書くと異様に密接していますね……原作小説の出版が2013年、源ちゃんの『知らない』は2012年リリースです。なんだなんだまたオマージュ?まさか、それがこの曲が主題歌にならなかった理由?てかオマージュ重ね食いこれ大丈夫なの?……と不安になることはありません。すごく、すごくうまーくオマージュしてありますから。そもそも物語は、この曲から7年後の話ですしね。感動はしても白けはしません!

今回のレビューではあまり源ちゃんの出番について語れませんでしたが、ファンの方、見て損はありません。前半はほんとに一樹一色。ほとんど出てこないにもかかわらずです。特にエピローグで出てくる源ちゃんいや一樹の回想にはもう毎回号泣、どうやったらモニターという二次元にいる源ちゃんを抱きしめられるだろうと軽くパニックになるほど胸が苦しかったです。物語中盤で再生へと大きく話が展開した後、存在感が薄まった時には「テツコずっと悲しんでればよかったのに」と舌打ちしましたが、話を大きくレイモンド・カーヴァーに戻すと、死と救済をテーマにしたカーヴァーの散文詩に『レモネード』(全文リンク)という名作があります。期待したほどこのドラマ響かなかったわー文学経験値の高い私にも響く作品はないのかしら、とお高く止まった方は是非トライしてみてください。これはキリスト教における「神」の存在まで考えされられる、どう捉えていいか大混乱しながらも涙がとまらない、そんな恐ろしく深い経験ができる文学であります。ラストを引用しておきますね。

しかし死を得るのはもっとも清らかなものだけだ。
そして彼は、その清らかさを思い出す。
生が清らかであり、いまは失われたその生を
彼が清らかに受け取っていたときのことを。

松下祥子@猫手舎
ほぼWEB専業コピーライター兼ライター。大手検索サイトでのWEBマガジン立ち上げを経て独立、ポータルサイトでのコミックレビューコンテンツをはじめ、WEBサービスのブランディングや広告にこまごまと参加。執筆の得意分野は映画、ドラマ、本、旅行、オカルト、犬、昼寝などなど。