駐在員として、ゴルファーとして。

これまで10回にわたり、アマチュアゴルフ界の神様・中部銀次郎の数々の「語録」から、人事マネジメントに絡ませて解説を加えてきた本シリーズも、いよいよ本稿で最終回。これまで語ってきた日本人総経理・経営者層のための「心得」を、改めてまとめてみます。

偶然の出会い、一瞬でファンになる

連載の初回にも書いた通り、私自身はゴルフをしません。何度も挑戦してみようかとは思いましたが、結局クラブを握ることなく今に至ります。そんな私が、本誌で連載記事を担当するようになったのは、中部銀次郎氏との偶然の「出会い」からです。

成田空港の書店でたまたま手に取った文庫版のコミックが、中部氏を題材としたものでした。中を開けば、ゴルフのことがよくわからない私にでも突き刺さる「至言」の数々。そして巻末のプロフィールには、私と同じ甲南大学の出身と書かれており、その瞬間にすっかり「中部ファン」となったのでした。

限られた任期、駐在員の使命

中部氏のゴルフに取り組む真摯な姿勢は、ビジネスに広く通用するものであるということを感じた私は「中部語録」を題材にコラムを書いてみたいと思うようになりました。そのシリーズが、この連載です。実際、彼の至言の数々は、私が日ごろいろいろな場所でお話している人事マネジメントの内容と重なる部分が多く、ゴルフをしない私にとっても「目から鱗」の連続でした。

「中部イズム」をひとことで言い表すならば、「等身大の己自身を正面から見つめ、現状の範囲内でできることに全力を尽くす」とうことでしょう。こうして言葉にしてみると簡単なことのようですが、実はこれほど難しいことはありません。なぜなら、自分自身を見つめようとしても、そうはさせてくれない要因が多々あるからです。

海外駐在員として赴任される背景は人それぞれでしょうが、本社の意向に沿って事業の成果を上げることがミッションであることに変わりはありません。ところがそのミッションについて、具体的に示されていない場合が多いために、最初からつまづいてしまうケースを多々目にしてきました。

そして最大の問題は、駐在期間には限りがあるということ。大抵の場合、3年程度の任期が一区切りとされています。その3年で、いったい何ができるのか。

異国である中国では、まず環境に慣れるのに1年。現地スタッフから信頼をようやく得られる2年目。いろいろなことが分かりはじめ、いよいよ自分なりの事業方針を打ち出して、というころには任期である3年が過ぎてしまう。こんなパターンを嫌と言うほど見てきました。成果を出す前に、想いだけを残して帰国する。これでは、駐在員本人にとっても会社にとっても、何もいいことはありません。

できること、できないこと

海外駐在員というものは、思い通りにならない異国での生活を送りながら社命を全うしなければならない、大変ハードな立場です。その重たさに苦しんでいるばかりでは、事業で成果を上げることなどできるはずがありません。自身がしっかりとブレない軸を持ち、揺るぎない姿勢で成すべきことを粛々と成していく。限られた時間と不自由な環境の中で、できること/できないことを即時に見極め、できることのみに力のすべてを集中する。それこそが、駐在員の正しい姿であるはずです。

現地スタッフを管理するためには、彼らから信頼を獲得することが何より大切です。そしてそのためには、トップに立つ自分自身が、彼らの鏡となるような姿を示さなくてはなりません。ゴルフの上手い人は、ショットの技術もさることながら、的確なコースマネジメントができるでしょう。それはすなわち、己自身を知り尽くし、できないことには手を出さず、現状でできることの中から最善を尽くすことでしょう。その姿こそ、「信頼される総経理」そのものだと思います。

限られた任期の中で、何をなし得るのか。駐在員ゴルファーのみなさんにとって、好きなゴルフを通じて少しでも参考になれば幸いです。

金鋭(きん・えい)/英創アンカーコンサルティン グ総経理
1989年リクルート入社後、一貫してヒューマンリソースビジネスに従事。1999 年、インテリジェンス中国の前身である上海創価諮詢に経営参画。日本育ちの華僑3世。