弱点こそアドバンテージ

現役時代の中部のドライバーの飛距離は、せいぜい240ヤードだったという。パーシモン時代とはいえ、周囲と比べればかなり飛ばない部類に入る飛距離だ。

それでも中部は、自分を軽くオーバードライブする他のゴルファーたちを相手に数々のビッグタイトルを手にしてきた。

飛距離という弱点を抱え、中部は考えた。道は2つにひとつ。飛ばせるように努力するか、飛ばないことを逆手にとってゲームを組み立てるか。飛ばないならば、ロングアイアンの精度を高めればいい。すると不思議なことに、一緒に回る選手たちが勝手に崩れていく。セカンドショットを先に打つ中部が、自分より遠い場所から確実にグリーンに乗せてくる。自分はもっと近くに……と自滅してくれるのだ。

いつしか中部は、飛ばないことはアドバンテージなのでは、と思うに至った。

中国人社員は欧米系企業を選ぶ?

中国という拡大変容しているマーケットにおいて、日本企業のライバルは同じ日系だけではありません。特に人事の世界では、人材の獲得やキャリア形成という意味も含め、最大の競合は欧米系企業です。

中国人社員にとって欧米系企業は「自由がある」「きちんと評価をしてくれる」「賃金や賞与を含め規定が明確だ」「キャリア形成の計画が立てやすい」という点で魅力を感じている人が多いようですが、実際には欧米系企業はどんな強みを持っているのでしょうか?

有期の労働契約を主体とした中国の労働環境では、欧米系企業はその職位に合う人をマーケットの価値に基づいて採用します。人事が強い権限を持って戦略的に採用を行なうので、社員はパフォーマンスが上がらなければ賃金も職位も上がりません。

人事における考え方は、本国で採用しているシステムを、中国にそのまま持ち込み運用しています。特筆すべきは職務における役割や賃金、昇進に対する考え方を含めた人事戦略が、全て言葉に落とされ戦略として機能しているところです。駐在員である赴任者に対しても、ミッションや権限、役割、責任を明確にし、期間を含め全て書面で提示してから、面談の上赴任をするかどうか決めるのです。

日本企業が「不人気」な理由

日本企業はどうでしょうか?
今まで私は数千人の駐在員の方にお会いしましたが、あらゆる意味でままならないビジネス環境のなか必死に頑張る方ばかりでした。しかしそこで「どんな目的で中国に?」と質問をすると「とにかく中国に」「売上げをあげることです」「今から考えます」という、明確なビジョンのない答えが帰ってくる。

日本企業で働く中国人社員はどうでしょうか?「自由がない」「現地化されてない」「上は全部駐在員で幹部にはなれない」「評価が不明確」「独特の文化があり細かくてやりにくい」「国情を理解してくれない」と、これもまた否定的な言葉が帰ってくることままあります。少なからず、組織戦略に問題があることは事実でしょう。

弱点の中にアドバンテージの素あり

確かに競合である欧米企業よりも不利な点はあります。でも、日本は本当にダメなのでしょうか?

長期雇用を前提としたジョブローテーション。新卒を採用し様々な形で面倒を見ながら育成するシステム。協議し合意形成する仕事の進め方。これは欧米企業や中国市場にはない、日本企業独自のシステム、つまり「アドバンテージ」の素です。

中国では確かに弱点になる部分も少なくありません。そのまま放置すれば負のスパイラルに嵌り込むだけです。でも活かす道を考えた時、それは弱点ではなく強みともなり得ます。

長期雇用を前提としたジョブローテーションを是とするならば、キャリアプランを含め採用時に説明する。目に見えない育成システムは仕組みとして確立し、目的を明確にし伝えていく。稟議や報告は無駄を省き、決断を前提とした方式に変えなければなりません。それが「弱点を強みに変えること」ではないでしょうか。フレームや形式を変えるのではなく、日本のやり方をうまく中国人事市場に合わせるための準備を戦略的に行うことが必要なのです。逆を言うと、弱点を強みに変える努力をしなければ、日本企業は欧米企業に負け続けるかもしれません。

赴任してきた方々は、相当の覚悟を持って前に進み続けるしかないのです。

参考文献:悠々として急げ(中部銀次郎著・ちくま文庫)

中部銀次郎とは:前人未踏・日本アマ6回優勝という金字塔を打ち立て「プロより強い」と評されながらも生涯アマチュアを貫き通した伝説のゴルファー。その徹底したアマチュアイズムとストイックな姿勢には、多くの教訓が今も残る。2001年没。

金鋭(きん・えい)/英創アンカーコンサルティン グ総経理
1989年リクルート入社後、一貫してヒューマンリソースビジネスに従事。1999 年、インテリジェンス中国の前身である上海創価諮詢に経営参画。日本育ちの華僑3世。