その② 水槽のオオサンショウウオをずっと見つめながら「ああ、食いたいなあ、と」

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その①を読む

日本では天然記念物として捕獲が禁じられているオオサンショウウオ。それは中国でも同じです。普通であれば、そんな保護動物を食べる、ましてや料理するような機会には巡り会わないものでしょう。

ただ、あるひとつの、ほんの短いエッセイが、ひとりの料理人を強く突き動かしました。

いまも弓田さんが、手元に置いて大切にしている一冊の本があります。それは『魯山人の料理王国』(中央文化局)。芸術家であり、稀代の美食家としても知られる北大路魯山人が書いた、料理に関するエッセイ集です。

——ひとつ変ったたべものの話をしよう。

こう始まる『山椒魚』という題名の随筆に、手に入れた山椒魚を、魯山人が自分でさばいて料理した話が書かれています。

そこにはこんな一節がありました。

「でも、私が山椒魚を珍味と言うのは、単に珍しいという点ばかりではない。いくら珍しくとも、美味くなければ珍味とは言えない。世の中には珍しがられていても、美味くないしろものがいくらもある。ところが、山椒魚は珍しくて美味い。それゆえにこそ、名実ともに珍味に価すると言えよう。」(山椒魚/北大路魯山人)

昭和34年に魯山人によって書かれたこの一文が、弓田さんの料理人魂を長い間揺さぶり続けていたのです。

   *   *   *   *

野田 ここでいう「山椒魚」というのが、
   今回の食材になったオオサンショウウオのことですね。

弓田 そうです。

野田 これ、ほんの短いお話ですけれども、
   なにせあの魯山人が「美味い」と言っているんですから
   確かに読むからに興味が涌いてきますよね。

弓田 ええ。いま手元にあるこの本は復刻版なんですが、
   オリジナルの古いものを人から借りて読む機会がありまして。

野田 それはいつ頃の話ですか?

弓田 上海に来てからそんなに経ってない頃だったから、
   確か7、8年前だったかな。

野田 それで、弓田さんはこのエッセイを読んで、
   山椒魚の料理を作ってみたいと思われた。

弓田 ええ。この文章のなかに、
   「味はすっぽんを品よくしたような味で、
   非常に美味であった。汁もまた美味かった」
   というのがあるんです。

野田 (本を見ながら)ああ、ありますね。
   「すっぽんとふぐの合の子」のような美味とも書いてあります。

弓田 それで、すっぽんであれだけ美味しいスープが出るんだから、
   水のきれいなところに棲息している山椒魚は
   味も澄んでいてもっと美味いだろうと思ったんです。
   
野田 ああ、なるほど。
   澄んだ水で育っているんだからうまいと。
   それは弓田さんが四国育ちだというのも
   影響があるかもしれませんね。

弓田 かもしれません。
   とにかく、食材として「これは美味い」とひらめいたんです。
   それからはもう山椒魚のことが頭を離れなくなって、
   なんとかして料理ができないものかとずっと思い続けていました。

野田 そういえば試食会の時にも、
   おかみさん(奥様)がおっしゃってましたね。
   上海水族館に行ったときの話(笑)

弓田 ああ……。

野田 弓田さんは山椒魚の水槽の前で動かなくなると(笑)

弓田 そうですねぇ……(笑)
   平気で15分くらい、じっと眺めてまたね。

野田 食材として?

弓田 ええ、食材として(笑)

野田 美味そうだなあ、と思っていたわけですね(笑)

弓田 水槽のオオサンショウウオをずっと見つめながら、
   「ああ、食いたいなあ、と」(笑)

野田 上海水族館で(笑)

弓田 ええ(笑)
   いや、もちろん食いたいというのもありましたけど、
   一度でいいから調理してみたいな、とね。

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野田 水族館で山椒魚を見て調理してみたいなんて思うのは、
   きっと弓田さんくらいなもんでしょうね(笑)

弓田 まあ、少なくとも上海ではそうかもしれませんね。

野田 でも、オオサンショウウオというのは、
   中国でも天然記念物扱いなんですよね?

弓田 そうです。中国では第二類保護動物ということで、
   日本と同様に食べることは法律で禁止されています。
   ところがネットなどでいろいろ調べてみたら、
   中国では3種類のオオサンショウウオが
   買えることが分かったんです。

野田 なるほど。

弓田 ただ、どこで手に入るのかがまるで分かりませんでした。
   それでも諦めきれなくて、2年ほど前でしたかね、
   いろいろなツテをたどって入手できないかと探していたら、
   どこか山奥から捕ってきたものが裏ルートで手に入ると言われて。

野田 裏ルート……。なにやら中国っぽい話になってきました。

弓田 一応価格を聞いてみたら、一匹7〜8000元だと言うんです。
   日本円にして10万円ですよ。

野田 相当なもんですね。

弓田 さすがにその時は諦めましたけれども。

野田 まあ、法的に問題のあるのものを
   お店で出すわけにはいかないですものね。

弓田 ええ、コストもまったく合わないですし。
   そもそもそんなもの出したら店は終わりですから
   裏ルートに手を出すわけにはいかないわけです。

野田 それでも諦めきれなかった。
   
弓田 そうですねぇ。

野田 すごい執念ですね。

弓田 ところがそれからしばらくして、
   突然、ある業者から連絡があったんです。
   「あんた、サンショウウオに興味があるのか?」と。

野田 おお、なんだかドラマみたいですね。

弓田 以前に裏ルートを探った時のことが、
   その業者を通じてウチの話が伝わったみたいで。

野田 ほうほう、それは劇的な展開ですね。

弓田 その養殖場が上海の浦東にあるというので、
   とりあえずすぐに現地に行ってみたんです。
   ただ、正直いうとその時は半信半疑でしたね。
   おいおい、ホンマかいなと。
   また裏なんじゃないかと。

   *   *   *   *

料理人一筋である弓田さんを突き動かした、魯山人のほんの短いエッセイ。著作権が切れた現在では、ネット上で無料で読むことも可能です。

青空文庫
山椒魚/北大路魯山人

上海水族館で足が動かなくなるほどに、オオサンショウウオにとりつかれた弓田さんが、浦東にある養殖場で見たものは?

次回、いよいよ核心の料理の話に入り込んでいきます。

(取材・文/大室衛)

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