最悪を覚悟して最善を尽くす

中部にとって、ゴルフは不測のゲームではない。「何が起こるかわからない」のに予測しようとする。そこには、嫌なことを避けようとする心と、ラッキーを願う気持ちが同居していると中部はいう。「何が起こっても当たり前」。そういう潔い気持ちでプレーすれば、心理的に動揺することもない。

たとえば、ティショットの落とし所が見えないブラインドのホール。先がどうなっているのかわからないのなら、見えるところに打てばいい。そうすれば大けがをすることもなく、不測の事態は避けられる。何が起こるかわからない、すなわち不安な気持ちを払拭し、すべてを受け入れる潔さを持てば、自分の心としっかりと向き合うことができる。目に見えるものを観察するのではなく、自らに観察眼を向ければ、そこでまた見えてくるものがある……。

マイナスのイメージからのスタート

中国に責任者(総経理)として赴任が決まった時点で、すでに中国ビジネスとの戦いは始まっています。最初に立ちはだかるのは、中国に対する事前の印象や固定概念という、見えない障害でしょう。マスコミを通じて蓄積されたイメージは、知らず知らずのうちに自分自身の思考を固めてしまっているものです。 「中国は、普通の感覚では通用しない」「中国は、法律が通じない人治の国」すでに赴任前に持ってしまっている良からぬ印象は、やがて赴任後に遭遇する、中国でのささないなできごとのすべてを悪くとらえてしまうことになりかねません。 そうなると、生活環境の変化もあいまって、ストレスは最高潮に達します。こんな状態では、仕事どころではありませんね。

必ずぶつかる「ギャップ」と「壁」

中国の日本人ビジネスマンが必ずといっていいほどぶつかる、2つの「ギャップ」と5つの「壁」があります。まずは日本の本社と現地法人の間に横たわるギャップ。そして、中国人従業員とのギャプ。さらに、「権限」「責任」「異文化」「成功体験」「セルフコントロール」といった、高くそびえる壁に日々悩まされることになるのです。  海外でのビジネスは、生活を含めたすべてがいわば修羅場の連続。それらとどう向き合い、乗り越え、進化していけるか。その修羅場を最悪だと感じてしまえば、立ち止まってしまいます。逆に、修練の場として受け入れられれば、自らの成長の機会でもある。すべては心掛け次第です。

環境を受容するところから始めよう

中国はもともと、共産主義国家です。改革開放が宣言されてから30年。「社会主義市場経済」という独特の路線を行く、いまだ発展の途上にある国です。 広大な土地と13億の人口を擁する大国であり、地域差も果てしなく大きい。インフラや法整備を含め、いろいろなことが統一されている訳ではありません。異国でビジネスを行う場合、そのすべてを受け入れる覚悟と気構えがなければ、とうてい順応はできません。日本での経験にばかり縛られて、「日本ではこうだから」なんて言っているようではダメ。経験の蓄積を振りかざすのではなく、異国の価値観を受容してはじめて、その豊かな経験が違う環境下で生きてくるのです。

場当たり的な「最善策」ではダメ

歴史や文化、社会的背景。まずはそれらを学び、身に付けることから始めましょう。そのうえで何が起ころうとも動じない覚悟を決めてしまえれば、怖い物はありません。問題に際し、「もういい加減にしてくれ」と投げやりになるのか、「そうか、こうすればいいのか」と吸収できるのとでは、思考やコミュニケーションの手法が変わってきます。あらゆるケースのシミュレーションが大切ですが、どんなに想定したところでその通りに運ばないのが現場というもの。ならば、前提条件ごとひっくるめて、全部受け入れてしまうことです。 目先ばかりの対応に追われていると、混乱に陥るだけ。ただただ場当たり的に「最善を尽くす」のと、「最悪の状態を覚悟をしたうえで最善を尽くす」のとでは、同じように見えてまるで違います。日本と中国は違う国/環境であると腹をくくり、何が起きても動揺しないだけの足元を固める。そうすれば、いつもイライラするばかりだった状況から脱し、違う局面が見えてくるのではないでしょうか。

 

参考文献:中部銀次郎 ゴルフの心(杉山通敬著・日経ビジネス人文庫)

中部銀次郎とは:前人未踏・日本アマ6回優勝という金字塔を打ち立て「プロより強い」と評されながらも生涯アマチュアを貫き通した伝説のゴルファー。その徹底したアマチュアイズムとストイックな姿勢には、多くの教訓が今も残る。2001年没。

金鋭(きん・えい)/ 英創アンカーコンサルティング総経理